合理的配慮の本当のハードル
無事 中一の頃から憧れていた高校に合格することができました。
さて
実際合理的配慮を受けるとなったら何に悩んでるとおもいますか?
先生も、保護者も、本人もずるいか?ずるくないか?甘えしゃない?
そんな目の前の他人の目なんか悩んでません。もっと切実に自分自身に問いかけて戦っているんです。
配慮を受けることで本来の頑張る力、努力、工夫をしなくなるのではないか?自分だって誰の力も借りず見つけたい。自分の力を信じたい。
自分を信じたい。
我が家は合理的配慮を受けています。
小学生の時からパソコン使ってるのでファーストペンギンでした。
ポメラ、電子辞書、パソコン
小学校、中学、模試、入試、あらたなステージに上がるたびに
配慮をうけたくない。
頑張る。
妥協点をみつける。
配慮を少し入れてみる。入れながらも、配慮なしでやる方法を同時に試している。
その繰り返しをしているようです。
せっかく配慮受けれるのにー
と思ったら、また自らなくし
行きつ戻りつ
わかっているのに
何度もみてきているのに
口を出したくなる。
息子は最近では音声教科書を使わなくなり授業中に全部聞き覚える方法をとってきました。その上で
何度も紙の教科書をくりかえり部分読みを繰り返す。だんだん部分から詰めて行き
ってやり方をしているみたいでした。
ところが、肝心の授業が自粛で受けれない。
でも、当たり前のように、新しい単元を読んで課題を解いてきてください。という課題が出て
うぉー読めねぇんだよ!
という叫び声が聞こえてきました。
YouTubeもすたサプもオーディブルもaccess readingも
いつだって繋いであげるよ!
って我慢できずに言ってしまいました。
自分の頭で試してみたいんだよ!
ピシャリといわれてしまいました。
「育児」カテゴリの記事
- 合理的配慮の本当のハードル(2020.04.11)
- どのように息子を支えてきたんだっけ(2019.04.19)
- 中学に入ってからの合理的配慮(2018.07.30)
- 今年の夏の課題図書『ぼくとベルおじさん』」について(2018.07.30)
- ニュータイプ(2018.01.25)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント